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2006年11月08日:“住”のこと
【 橙色のカーテン 】

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
俵万智
彼女がこの部屋に引っ越してきたのは、暦の上では春を過ぎた、
でも実際は まだとても寒い2月のことだった。
悩みに悩んだ末、恋の延長線上にあるはずだった結婚を選べず、
その結果 彼女に残ったのは、仕事と、3DKの賃貸マンションの
がらんとした広い部屋。
自分で決めたことなのに、虚しさと寒さだけが、そこにあった。
別れた男が置いていった水色の遮光カーテンは、一人になった
部屋を余計に広く寒々しく見せ、すべての光を遮っていた。
仕事に出かければ、一時的に孤独から解放されたけれど、帰れば
また、一人。 心を許している親友は、ちょうどその頃、結婚して
秋田に発った。 5歳下の頼りがいのある妹は、群馬で学生生活を
送っていた。彼女の悲しみや不安や孤独は、しばらくは澱のように
沈んだままだった。
広いマンションを引き払い、とにかく狭いところに暮らしたくて
慌てて決めた賃貸アパート。
家具は何もなく、テレビさえも買いに行く気になれず、社会との接点を
実感する余裕もなく、数週間を過ごした。
長い春休みを利用して妹が帰省したとき、たった8帖の1Kの
アパートに入ってきて「広いんだね」と驚いた顔が忘れられない。
妹とSELVAに新しいカーテンを買いに行ったのが、もういちど
自分の足で立ち上がるきっかけになった。
遮光カーテンは選ばなかった。
朝日を透して1日の始まりを教えてくれたり、部屋をあたたかく彩る
オレンジ色のカーテン。
カーテンの色に支えられ、インテリアを調える心の余裕が生まれ、
生活そのものが、自分ひとりでも楽しいものになった。
小さな火遊びをゲームのように楽しむことができるようになり、
もう恋なんてしない、と肩肘張らなくても構わないくらいになったとき、
今の恋人と出会った。
仕事のイベントの裏方の仕事で埃にまみれたまま行った飲み屋で、
ジョッキを一息に煽って、とてもロマンティックなんかじゃない状態で。
だんだん寒くなるけれど、もう、あんな“冬”は来ないと思う。
寒いときに、いっしょに、寒いねと言い合える彼がいるから。
すべては、オレンジ色のカーテンが始まりだ。
先に部屋に入った彼が灯す明かりが、カーテン越しにぼんやりと浮かぶ。
私はひとりじゃないんだ、と、踏みしめる彼女の足に力が入る。
寒さなんて、もう怖くない。
下がってゆく気温さえも楽しめるようになったから。
*****************************************
俵万智さんの この短歌は、赤い羽根共同募金の
ポスターになったこともあるほど有名。 あたたかさに
満ちていると秀作だと思う。 「寒いね」と答えてくれる
人を、恋人や親友や家族に置き換えてみると、心の
奥底からじんわりとシアワセなあたたかさが。
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