2006年12月31日:生活の一片
【 大晦日 -お礼の気持ちを込めて-】

今日は、大晦日。
2006年が今日で終わって、明日からは2007年。
このSELVAブログを書くことになったのが、
2006年の大きな出来事のひとつ。
このブログを通して何かができたのか、それとも
何もできなかったのか、何も判らないけれど、
仕事以外のことで、パソコンに向かうというのは
良い気分転換になった。
先日、偶然、インターネットで、私の記事について
書いてくださっているブログを見つけた。
私が一方的に発信しているだけだと思っていた ことばの
ひとつひとつを、どこかで受信している人がいたのだと
いうことが実感できて、とても嬉しかった。
来年も、こうして記事を書くことによって、どこかで
誰かと繋がることができるのかもしれないと思うと
わくわくする。
この‘わくわく’が、あなたによって支えられている
ということに、心から感謝したい。
どうもありがとうございました。
また来年もよろしくお願い致します。
“今年”も、あと十数時間。どうぞ素敵にお過ごしください。
良いお年を。
2006年12月30日:“食”のこと
【 新年を迎えるために ③ -無印良品-】
紅白といったら、日本では めでたい色。
無印良品で見つけてしまった紅白は、買うつもりが
無かったのに気づいたらお金を払ってしまっていた。
これも、年末というマジックの為せるワザ。

(紅白まんじゅう)
うんと小さい頃、我が家では「子どもは8時に寝ること」が
決まりだった。
夕食の後はすぐに寝る仕度を始めて、19時50分には
『おやすみなさい』のチューをして布団に入っていた。
だから20時以降は未知の世界。
ところが、小学校に入って周りの話を聞くと、どうやら
他の家では子どもも20時以降のテレビを観ているらしい。
なぜ? なぜ我が家だけ? 母に訊いてみると、
「じゃぁ起きていられるの?起きていられるならどうぞ」。
さっそくチャレンジしたが、日頃の習慣とは恐ろしいもので、
20時以降にも起き続けるということは不可能だった。
小学校4年生の頃、冬休みを前に、仲の良かった友達に
「紅白歌合戦は観るよね」と 言われ、そうか大晦日は
遅くまで起きているのが普通なのかと思い、父に直談判。
父に昼寝につき合ってもらって、なんとか紅白歌合戦を
見届け、除夜の鐘をテレビで聞きながら眠った。
あれから20年。
今は、もしできることなら20時就寝の法律を作ってほしいくらい、
睡眠には飢えている。
あんなに観たがっていた紅白歌合戦も、日本の大晦日の風物詩
という感覚を多くの視聴者が持たなくなった。私もそのひとり。
でも、もしかしたら、この広い世界のどこかに、そうやって
新年を迎える瞬間、紅白歌合戦を観て、眠らずになんとか
目を開いていたいという子どもがいるかもしれない。
あのときの私のような。
2006年、私はいつも目を開いていられただろうか。
大切なことから目を逸らしたり、心の目を閉ざしては
いなかっただろうか。
めでたいだけの新年ではなく、新しい1年を大切に
考えられる正月にしたい。
明日は、大晦日。
今年最後の1日を、丁寧に暮らせますように。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《 無印良品 》
紅白まんじゅう 368円
紅4個・白4個入り
2006年12月30日:“住”のこと
【 新年を迎えるために② -花のフラワード-】
おしゃれな お正月飾りを買って飾るのを、この時期は毎年
楽しみにしている。
無印良品やORANGE HOUSEや織部で、可愛らしい飾りや
シンプルで上品な注連飾りを買っていたのは、昨年の今頃、
一昨年の今頃、3年前の今頃だ。記憶に間違いは ない。
そして、それを1月14日のどんと祭で燃やすのが、恒例の
行事だった。
それなのに今年は、なぜか どこのお店にも素敵なお正月飾りが
ない。 私が出遅れたり見過ごしたりしているのか、それとも
クリスマス商戦ほどの売り上げにならないから取りやめに
なったのかは、判らないが。
だいたい、クリスマスまでの盛り上がりは凄まじいが、
クリスマスが終わってお正月を迎えるまでは、ほんとうに
呆れるほど盛り下がっている。
クリスマスで全てを消耗してしまったかのように。
なんだか こういうのって格好悪いと思う。
全ての騒ぎはお店先行、目先の利益優先、なのは歴然。
このままいったら、近い将来、日本の数少ない子どもたちは
お正月はお年玉を貰って、福袋を買うために並ぶ行事なのだと
誤解するのではないだろうか。

今回、お正月飾りは、フラワーアレンジメントで代用。
こんなに素敵なのに1575円! 安い!
ときどき水をかけて乾燥を防いでください、というアドバイスが
有り難かったが、これでは どんと祭までに枯れてしまうだろう。
どんと祭で燃やす物がないなんて、こんな年がくるとは思わなかった。
1月2日には、墨を擦って書きぞめに励むかな。
どんと祭で書きぞめの作品を燃やすと字が上手になるというから。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《 花のフラワード 》 1階
お正月用アレンジメント 1575円
2006年12月30日:“衣”のこと
【 新年を迎えるために ① -大内屋-】

新年を迎えるために、日本中のあちこちで慌ただしく
準備しているであろう時期。
いや、もうすっかり準備万端整って寛いでいるだろうか。
少なくとも私は、まだまだ慌ただしい。
元来 のろまな方なので、忙しく動いているより じっとして
ぼーっとしていることの方が多い。この期に及んでも。
部屋の片づけを中断して、今日は下着を買い込んできた。
幼い頃、「この下着はお正月に着る物だからね」と、母に
新品を箪笥に入れてもらった思い出がある。
ほんとうならば、新年に備えて晴れ着を新調したり、新しい
洋服を誂えたりするべきなのだろう。でも、3人の子どもを
抱えて、独立したばかりの父を支えるためには、あの頃の
我が家はそんな贅沢を選択できない時期だったのだと思う。
1人暮らしを始めて、自分で自分の面倒をみるようになった。
私はそういう母の思いを受け継ぐように、新年を迎えるとき、
なにか新しいものを身につけるように意識している。
2007年の始まりも、新しい下着を身につける。
ボーナス時期に洋服をあれこれ買ってしまって、それらは
もう着てしまったから“新しいもの”ではない。
だから今日、新年のために、新しい下着を買ってきた。
古い下着は今日と明日の分以外は、全部 捨てた。
下着なんて、自分と ごく限られた人の目にしか留まらない
ものだから、そんなに気にかける必要は ないという考えも
あるかもしれない。でも、幼い頃、母が、「どんなにお金が
無かったとしても、下着だけはきれいなものを身につけるのが
嗜みなのよ、見えないところにも心を配ることが大切なの」と
言っていたのが、私の記憶にずっと残っている。
そのときの母は、“母親”というより、“大人”の顔をしていて
なんだかいつもよりずっとずっと強く凛々しく見えた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《 大内屋 》 1階
2006年12月29日:“食”のこと
【茉莉千日香 -LUPICIA- 】
年末の大掃除を!と思っても なかなか進まない。
片付けようとしてモノを手にするたび、それについての
この1年の思い出に浸ってしまうから。
それに、1年間 雑多な空間で我慢して暮らしてきたわけで
1年分の片付けを1日や2日で終わらせようなんて、そんな
虫のいい話があるわけがない。
たいして片付かないのに、すごく重労働したような気分に
なって、お茶の入っている戸棚をあさる。
こんなときは、華やかなジャスミンのお茶を飲んで、
ほっとひと息。
茉莉千日香はお茶の新芽で花を包むようにボール状に束ねて
作られている、福建省のジャスミンティー。
カップにひとつ入れてお湯を注ぐと、千日紅の花が開く。
はじめは、こんな形。

熱湯を注ぐと、蕾のように固く締まっていた小さなボールが
ゆっくり緩み始める。

そして、紅色の花が顔を出す。

味が薄くなるまで、4回ぐらいお湯を入れて飲めるから、
急須で淹れるお茶よりも手軽。
さて、もうひと働きするか。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《LUPICIA》 1階
茉莉千日香 735円
(約4.5g×5個)
インターネットで購入したので、
SELVAの《LUPICIA》で販売
されているかどうかわかりません。
気になる方は直接 お店で訊いてみて
ください。
2006年12月27日:“衣”のこと
【 ガールズトークは永遠に -GLOBAL WORK-】
クリスマスツリーもすっかり片付けられて、もう日本中が
“年の瀬”の気分でいっぱいになり始めた昨日。
3月まで勤めていた職場の仲良し8人で、昼食を楽しんだ。
その8人のうち、私を含む4人がその職場を退職していて、
久しぶりの同窓会といった感じ。
社会人というのは1日の大半を職場で過ごすわけで、仕事の
やりやすさとか、頑張ろうという動機づけのひとつとして、
いっしょに働く仲間は重要だと思う。
お互いに必要以上に干渉せず、でも、いざというときに
助け合えるという点で、このメンバーは最高だった。
またいつか、一緒に机を並べたいと思えるような仲間たち。
目先の収入増に踊らされて職場を変え(職種は変わっていない)、
さっそく行き詰まっている私を、彼女らとの時間が癒やしてくれた。
仕事から急行するランチの場合、服装に構う余裕をもてない。
でも、何かひとつは新しい物をもちたいと思った。
嬉しい気持ちに加速度をつけるために。

GLOBAL WORKで買った小さな小さなボストンバッグは、
がま口タイプでしっかり閉じるのに、中は見た目以上の大容量。
財布、コスメポーチ、ハンカチ、ティッシュ、年賀状印刷の申込用紙、
携帯電話、キーケースを入れても まだまだ余裕がある。
冬にありがちな黒やチャコールのコーディネートに浮かず、
アクセントにもなるデザインは、リーズナブルなのに優秀。
画像で写っている面の反対側にはポケットがついている。
中にも、携帯電話を入れるポケットがついていて、ぐちゃぐちゃに
ならない工夫が。
昨日のガールズトークは、結局6時間近くも続いた。
(唯一の男子は仕事のため途中退席)
内緒の話もあったから、きちんと口にチャックをして、漏洩防止に
努めないと。 そう、がま口をカチッと閉めるみたいに。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《GLOBAL WORK》 3F
ゴブランボストン 5145円 (税込)
2006年12月23日:“食”のこと
【 日本を、楽しむ。 】

今日の朝ごはんは、冬至かぼちゃ。
昨日は冬至だった。
1年でいちばん昼が短いという日。
この日を境に、また だんだん日が長くなってゆく。
冬至には柚子湯に入り、冬至かぼちゃを食べると良いとされる。
(風邪をひかない、とか。)
子どもの頃、母が当たり前のようにやっていた季節毎の行事が
私の中にも確実に しみ込んでいるようで、昨夜は夕食+冬至かぼちゃ。
でも、まだまだうまく分量を考えて準備することができず、
食べきれなかった分を今朝の朝ごはん代わりにしたというわけ。
私は、例えば‘英語が堪能であること’よりも、‘美しい日本語を
話せること’のほうがかっこいいという価値観をもっている。
‘お勉強ができること’よりも‘きちんと生活できること’のほうが
大切だという価値観。‘毎日 季節感のない豪華な食事をすること’より、
‘質素でも良いから季節感を味わえる食事ができること’のほうが
素敵だという価値観。
もちろん、英語が堪能だったりお勉強ができたり、しょっちゅう
豪華な食事ができるような経済力があったら、それはそれで、
生きていく上で便利だと思う。東大卒のリッチな外交官なんて、
それだけでちょっと羨望のマナザシ。
でも、それは今の私にとって‘現実’では ないわけだから、目指す
‘私’を堅実なところに、置きたい。
日本に、日本人として生まれたからには、日本を楽しみたい。
だから、いわゆる『ふつうの日本の』季節行事を、私はとても
大切にしている。 たぶん、クリスマスやヴァレンタインデイよりも。
今日は、18時から宴会開始の、職場の忘年会。
忘年会という集いも、たぶん日本の年末の風物詩。
でも、その前にしっかり今日も無給の休日出勤。
ワーカホリック(敢えて英語)も、日本ならでは、の ものだろうし。
(苦笑)
2006年12月22日:“食”のこと
【 思い出のシャンパン -KALDI-】

今の恋人と過ごす冬は、4回目。
初めて過ごしたクリスマスイヴから、毎年 イヴの夜は私の部屋で
私の手料理とシャンパンで乾杯している。
今年は、どうなるだろうか。
建設関係の仕事をしている彼は、今の時期が追い込みらしく
その日の夜に仕事が入るかもしれないのだとか。
(浮気とかそういう可能性は、この際 敢えて考えないようにして)
2人で過ごす初めてのイヴ、私の記憶に間違いがなければ
SELVAには酒屋さんがあって(あるいは酒屋さんが一時的に出店していて)、
仕事帰りにそこでシャンパンを買ったように思う。
銘柄は、『パイパー・エドシック』と『モエ・エ・シャンドン』。
どちらも、それほど値が張るわけではないが飲みやすく美味しい。
『パイパー・エドシック』は、フランス王室をはじめとする、
幾つもの王室の御用達であるだけでなく、マリリンモンローが
愛飲したものとして知られている。最近だと、カンヌ国際映画祭の
公式シャンパンとして採用された。
『モエ・エ・シャンドン』はフランス最大手のシャンパーニュハウスで
造られている。あの『ドンペリニョン』を造っているのが、このメゾン。
でも『ドンペリ』よりお手頃価格だから、手を出しやすく、そして
飲みやすい。シャンパンの中では辛口といわれる位置にあるけれど、
わりと甘めなので女性にも好まれやすい味だ。
今は、もうSELVAには酒屋さんは無い。
明日の忘年会の二次会のために、KALDIでシャンパンを買った。
思い出の『パイパー・エドシック』は売っていなかったから、
『モエ・エ・シャンドン』だけを買った。
明日の忘年会は、これで盛り上がろう。
それにしても。
恋人と初めて乾杯して飲んだシャンパンは『パイパー・エドシック』
だったから(『モエ』は、『パイパー』の後に飲んだ)、それがSELVAで
売っていないのは、ちょっと悲しい。
忘年会の帰りに、どこかの酒屋さんに寄って探そう。
明後日は、クリスマスイヴ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《 KALDI 》 1F
モエ・エ・シャンドン 4000円
ブリュット・アンペリアス
今日は、ワインを2本以上購入すると10%OFFに
なるサービスを実施中だった。

ドラマティックなデザインのキャリングケースに
入っていた。 黒地にキラキラのラインストーンが
夜空のようで。
2006年12月21日:季節
【 プレゼント交換の、プレゼント 】
今夜は久しぶりにSELVAへ。
忙しさの合間を縫って、閉店時間を報せる館内放送を聞きながら。
職場の忘年会は、県内の某高級旅館で1泊。
週末の‘その日’に備えて、プレゼント交換用のプレゼントを
買いに行ったのだ。
幹事からは『1000円程度のものを!』と、朝の打ち合わせで連絡
されたけれど、いざ買いに行くと、なかなかコレというものに
出会えない。
誰が受け取るか判らないものを買うというのは、実に悩ましい事件。
受け取る相手を思い浮かべることができないのだから。
職場でも、ウケを狙うか? 真剣に選ぶか? という会話が交わされ
結局 誰も答えを出さないまま終わった。
でも、こういう場合、真剣に選んでも、受け取った相手によっては
好みとは かけ離れたものであったりして、喜んで貰えない可能性の
ほうが高い。 無難なものを買うに限る。
いつもお世話になっている上司から「悪いけど俺の分もついでに買ってきて」
と 5000円 渡された。驚いて訊くと、「俺の分と、お前の分と、あとはお駄賃」。
いわゆる‘パシリ’は面倒だけれど、彼のこういう気配りが、憎めない。
いつもお世話になっているから、これくらいのお使いなら、全然 構わないのに。
結局、織部で2000円分、湯呑み2客と急須とお揃いの皿を買った。
これは上司の分。

そしてスタバで2200円の保温機能付きのタンブラーを買った。
これは私の分。

『1000円程度のもの』という規定からは外れてしまったけれど、これで
良いと思う。 だって、楽しい忘年会の席なのだから。
スタバでは、商品を包むまでの間、コーヒーの試飲を勧められた。
スタバでは、通好みの香りがするコーヒーも多く売られているが、今日の
コーヒーは飲みやすい一般的な香りと苦みが印象的だった。
テイスティングカップが可愛らしくて、思わず持ち帰ってきてしまった。
2006年最後の日に向けて、カウントダウンが始まっている。
明日も、仕事は山積している。
たくさんの仕事に埋もれながら、明日も走り回ることになる。
心に余裕をもてずにいた ここ数日だけれど、閉店間際の人混みに紛れることで
ちょっと気分転換ができた。
明日も、がんばろう。
空になったテイスティングカップの縁を噛んで、自分に言い聞かせる。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《 STARBUCKS COFFEE》 1F
《 織部 》 4F
2006年12月16日:“食”のこと
【 大好き、カレーライス 】

大好物は、カレーライス。
「日本人って、料理の天才」と思えるメニューのひとつでもある。
もともとインド料理だったカレーを、しっかり「日本の味」しかも
「おふくろの味」にしている。
イタリアのマンマの味といわれるスパゲティだって、今ではしっかり
「お袋の味」だ。「ナポリタン」はナポリ地方の郷土料理だと思って
いたら「あれは日本の創作料理」とテレビで観たイタリア人が言っていた。
ラーメンだって、中国から入ってきたとはいうけれど、ご当地料理の
ひとつとして、日本の食文化に根づいている。
うんと小さい頃、我が家は2つの鍋でカレーが作られていた。
「大人のカレー」と「子どものカレー」に分けて母が作っていたのだ。
大人が満足する辛さは、子どもには辛すぎるから。
我が家のカレーがひとつの鍋で作られるようになったのは、妹が小学校
高学年になったあたりだったように思う。
その頃、父が「カレーといえば鶏肉だ」なんて言い始め、大人のげんこつ
ぐらいの大きさの鶏肉がごろごろと入ったカレーライスがしばらくの間
我が家のカレーの定番になった。父は「においがいやだ」と言って、普段は
鶏肉を食べなかった。スパイシーな香りが鶏肉の臭みを消してくれるから
カレーの鶏肉は食べるのだろうと思っていたが、今にして思うと、
宗教上の理由から四つ足の肉を食べないカレーの国の食文化を
取り入れてみたいという父の気まぐれだったのだろうか。
ひとり暮らしをして、食べたいときに食べたいものを食べるようになった。
カレーも気分に合わせて『日本のカレー』と『インド風カレー』を食べ分ける
ようになった。日本のカレーは、ルウを使うから、小麦粉の作用によって
とろみがついている。でもインド風カレーはルウを使わずスパイスと塩だけで
仕上げるから、さらさらしていて胃にもやさしい。洗い物も楽。
昨夜は、恋人が松島の某旅館で泊まりがけの忘年会だった。
年末の仕事の追い込みで帰宅が遅かった私は、身も心も芯から冷えていた。
あたたかいだけの食べ物ではなく、身体の内側から温めてくれるものを
食べたいと思って、カレー作りを開始。
レシピは、↓で!
2006年12月16日:“食”のこと
【インド風カレーの作り方】
カレーの本場インドでは、家庭ごとにスパイスの配合が違い、
味も全く違うらしい。
日本では、手に入るスパイスも限られるし、もし手に入れても
カレーにしか使わなかったりすると勿体ないので、私は4種類
しか使わない。辛さを加えるチリペッパー、香りを加えるクミン、
色みをつけるターメリック、香りと甘みのコリアンダー。
鶏肉は骨付きのもも肉を大きなカタマリで買ってきて、包丁の
刃を関節にぐいっと入れて切り分けると、大きさを調節できて
良いのだが、今日は諸事情により、手羽元で代用。とにかく
骨付が良い。だしが出て美味しくなるから。
味の決め手は、タマネギである。ひたすら炒め、ペースト状に
なると甘みが出る。カレーだからといって、ただ辛いだけでは
美味しくない。もし、炒め続けるのが面倒なら、みじん切りに
したタマネギを透明になるまで電子レンジで加熱してから
炒めれば時間短縮になる。
鍋は、琺瑯など長時間の煮込み料理に適したものを使うと良い
のだろう。でも、私はフライパンで代用。
平たい形で底面積が広いから、早く火が通って時間短縮できる。
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■■ 材 料 ■■
鶏手羽元
タマネギ2個
クミン 小さじ1/2
油 大さじ4
トマト水煮缶 100g
水 5カップ程度
コリアンダー 大さじ1 1/3
チリペッパー 小さじ1~2 (好みで調節)
ターメリック 小さじ1
塩 適量(好みで調節)
■ ■ 作り方 ■■
熱した油にクミンを入れ、香りが立ってきた
ところでタマネギを炒める。

はじめは中火で、透き通ってきたら弱火で
焦がさないように飴色のペースト状になるまで
炒める。

トマトの水煮を加えて、7~8分、茶色く色が
つくぐらいまで炒める。

手羽元は塩をすり込み10分程度おく。
タマネギとトマトの水煮缶の鍋に水5カップを
入れて、煮立ったら手羽元を入れて中火で煮る。
アクを取る。

手羽元の外側の色が加熱により変わった頃、
コリアンダー・チリペッパー・ターメリックを
入れる。チリペッパーはとても辛いので量に
注意する。 初めて作るときは量を半分ぐらい
入れておいて、あとで確認しながら調節すると良い。
蓋をして弱火で30~50分煮込む。
煮詰まることで ほんの少しとろみがついたら、
塩で味を調える。このとき味見をしてチリペッパーや塩を
加えたり、色み(黄色)が足りなければ、ターメリックを
足して、5分ほど煮て、できあがり。
固めに炊いた米やナンを添えて盛りつける。
好みによるが、米は、タイ米など外国産米だと より
カレーらしさが出る。

分量や調理時間は、台所の状況や好みによっても差が
出るので、このレシピはあくまでも参考程度に。
各家庭で工夫して、各家庭の味を。
昨夜 作ったカレーを朝から食べて、今から 車を飛ばして
私は仕事へ行く。 カレーを食べて暖まったとは言え、外は
冬の寒さ。
クリスマス前の最後の、“ふつうの”土曜日。
皆サマは、どんなふうに過ごしますか。
2006年12月14日:モノのこと
【 恋する和歌 -八文字屋書店- 】

京都の清水寺で、“2006年の漢字”が発表され、
森清範貫主が揮毫したというニュースが報道されたのは
もう一昨日のこと。
ついさっきのニュースのような気でいたから、改めて
“師走”のことばを実感する。
このニュースが流れると、ああ もう今年も終わりか・・・と
いう気持ちになる。
“2006年を象徴する漢字”は『命』だそうだ。
秋篠宮悠仁さまの ご誕生や、いじめによる相次ぐ自殺など
確かに『命』について考えさせられるニュースの多い
1年だった。
さて、私は“ことば”に関わる仕事に就いており、
いろいろな意味で『ことばには命がある』と考えている。
ことばには力があるという意味で、だ。
その昔、“言霊信仰”というものもあったし、人の気持ちを
良くも悪くもさせる“ことば”は大きな影響力をもつ。
大学では現代文学(小説)を専攻していたが、卒業してからは
中古(平安)以降の短歌にも興味が湧き、折にふれて歌集を
読むなどしてきた。
わずか三十一音に世界を歌うということは、それだけ
濃く、ひとつひとつのことばに思いを込めるということだ。
しつこくことばを重ねて思いを告げることは、ある意味で
たやすいけれど、限られたことばで思いの丈をぶつけると
いうのは、相手に伝わるか伝わらないかという点で、とても
テクニックの要ることだと思う。
ことに、通信手段の乏しかった昔は、和歌が男女の愛を
紡ぎ繋いだのだから、どれだけのテクニックが必要とされて
いたことか。
今日、八文字屋で手にしたのは、今年 脳トレとともに
大流行した‘鉛筆で書く(なぞる)’タイプのもの。
うっすら印刷された“奥の細道”を鉛筆でなぞるものが
発売されたときは随分と大騒ぎされたけれど、二番煎じ、
三番煎じが続くたびに、マスコミの気にも留められなくなった。
かくいう私もその一人だったのだが、この古今・新古今和歌集に
ついては飛びつかずにいられない。
まずは、開いてながめて、目をとじて味わって・・・
慌ただしい年末年始、ふっと一息つきたくなったら、鉛筆で
なぞろうと思う。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
《八文字屋書店》 5階
えんぴつで書いて読んで恋する和歌
古今・新古今和歌集 1400円+税
2006年12月11日:“衣”のこと
【ピアスとネックレス -COSMOS-】

私の父は、とっても厳しい人で、子どもが華美な服装を
するのは好まなかった。
学生・生徒の本分は勉強だ。
服装は清潔感のある、トラディショナルなものを。
人生を切り拓いていくためには知識と教養が必要だ、と
言って憚らなかった父。
我が家ではテレビ番組はNHKのみ。
音楽もクラシックのみ。
(ピアノを習っていたため、それは全然OKだったけれど)
長女の私には特に厳しく、服装だけでなく、生活全般に
ついてもずっと監視されているような状況で、私の青春は
その殆どを、ひそかな父への反発との葛藤に費やしたと
言っても過言ではない。
ハタチになる2ヶ月前、私は両親に黙ってピアスの穴を
あけた。ギャルに憧れるティーンエイジャー達の多くが
通過するような、ありがちな『氷で冷やして安全ピンで』
等という危険で不衛生なやり方ではなく、きちんと病院に
行って、という手順を踏むあたりが、いかにも父に厳しく
育てられた私らしいが。
今でも、父は私がピアスをしていると不満なようで、
「穴を塞ぎなさい」 「身体に穴をあけるなんて」
等々、小言が飛んでくる。
だから、親孝行のためにも(?)、私は実家に帰るときは
ピアスをつけない。
否。
ピアスをつけないのは、実家に帰るときだけでは ない。
気づくと、今では、ピアスをつけるのは、月に1度か2度。
仕事が比較的お堅い職種なので、アクセサリーは御法度。
職場の諸先輩方は、アクセサリーなどつけていない。
せいぜい結婚指輪程度。
まして、ピアスなど、だれもつけていない。
SELVAでは、1階センターコートで12/9と12/10の2日間、
DORE?COLLE?が開催されていた。
仙台のアーティスト達の作品の展示・販売。
仕事帰りだったので、ひととおりぐるっと廻って帰ろうと
思っていたが、黒のタートルニットに合わせたくなるような
ネックレスとピアスを発見。 ついつい買ってしまった。
COSMOSという作家(?ブランド?)のアクセ。
ソラいろあくびでも取り扱っているらしい。
しゃらしゃらと揺れるピアスは、シンプルなデザインの
トップスに映えるはず。
ネックレスは、シンプルなニットに合わせるか、二重・三重に
巻いてブレスレットにしても良さそう。
クリスマスも近づいているし、いつものデートにも華やかさを
足してくれるはず。
うすいピンクのパールのピアスとネックレス。

黒ベースの石のピアスは、一見 地味だけど光の加減によって
虹色に輝く。

仕事のせいにして、アクセサリーひとつ つけなかった ここ数年の
私は、きっと色気も素っ気もなく見えていたかもしれない。
仕事はとりあえず12/22で一段落。
あとは年内の雑務を片付けるだけになるから、そのあたりで
職場につけていってみようかなと思う。
こんなに繊細で素敵なデザインだもの、恋人に見せるだけ、
鏡の中の自分が満足するだけ、では、あまりに勿体ない。
今年は仕事 仕事・・・で よく頑張ったと思うから、最後の最後、
ちょっとぐらいハメをはずして不良になってもいいかもしれない。
2006年12月04日:季節
【 ワイヤーのクリスマスツリー 】

父方の祖母はクリスチャンで、毎週日曜日は教会に行く。
私の父は、人様に迷惑をかけないのであれば誰がどんな
信仰をもっても寛容だが、正月には商売繁盛祈願で神社に
詣で、盆にはお世話になった親戚の眠る寺に墓参りに行く。
つまり、クリスチャンではない。
ただ、長男として母に気を遣うことは多々あるようで、
私も幼い頃は日曜学校(日曜日の礼拝)に行っていた。
通った幼稚園も、高校も大学もミッション系だが、父と
同じく、私もクリスチャンではない。
しいて言うなら、八百万(やおよろず)の神を・・・ということになる。
いわゆる、一般的な日本人の信仰のタイプ。
でもクリスマスが近づくと心がはやるのは世間と同じ。
そんな気持ちを大事にするということなのか、実家では
毎年12月になるとすぐクリスマスツリーを飾った。
父が 出がけに母に、(でも子ども達に聞こえるように)
「そろそろクリスマスツリーを出しなさい」と言った日が
飾り付けの日だった。
明らかに作り物の、簡素なツリーではあったが、両親の
愛がこもったツリー。いちばん下の妹が高校生になるまで
毎年 登場していたが、あれはどこにいったのだろう。
今は私も実家を出て(近所に)ひとりで暮らしているし、弟も
就職して札幌に赴任した後、今は異動で東京勤務の神奈川
在住。妹も、群馬の短大を卒業して東京で働いている。
子どものいない生活となって、実家にクリスマスツリーが
飾られることはなくなった。
季節を愛でる感性を叩き込まれ、私も この時季はひとりの
アパートにクリスマスを演出する。
このアパートでひとり暮らしを始めて最初の冬は、玩具店で
買った緑色の大きめの(ファミリー向けの)クリスマスツリーを
飾ったが、場所をとるのと大人のひとり暮らしには似合わない
気がして、一昨年からはワイヤーのミニツリーを飾っている。
イトーヨーカドーで ひとつ105円で買ったワイヤーツリー。
安価なもので、普通なら ひと冬使ったら捨ててしまうような
ものだけれど、何となく捨てられずにいる。
恋人と行った買い物のついでに見つけたものだからなのか、
私の貧乏性からくるものなのかは、わからないけれど。
まずは、暫定的に窓辺に。
部屋の中が暖かくて、だいぶ結露が気になるけれど、まぁ
それは置いておいて(苦笑)。
REAL SIMPLEの付録の手帳をとりあえず台にしてみる。
(相変わらず手帳を活用できていない私・・・)
カーテンを閉めてしまうと見えなくなってしまうのだけれど、
外に出て、見上げるとちょこんと見えるという仕掛け。
朝、車に乗って出勤する前に見上げては、にやり。
いずれきちんと自分にも見えるようにセッティングしなければ。
2006年12月03日:“住”のこと
【 アラジン ブルーフレーム 】

とうとう師走。
センセイも走り回るという忙しい12月。
12月始まりと同時に解禁したいくつかのことがあるが、
そのうちのひとつがストーブ。
そういえば昨夜23時過ぎに仙台に初雪が降ったとか。
今日の日中も、ちらほらと風花が舞った。
11月までは、ホットカーペットとエアコンの暖房機能で
暖を取っていた。
どちらも安全で優秀なのだけれど、暖房効果は いまひとつ。
でも早いうちからストーブに頼っていては、厳しい冬を
乗りきれないから、毎年12月までストーブを出さない。
我が家のストーブは、アラジン社製。
実は転居当時は石油ファンヒーターを使っていたのだけれど
灯油代と電気代がダブルで家計を圧迫してきたので、昨冬
切り換えた。
原油価格高騰により灯油代が高いとニュースで言っているけれど、
だからといって ここ東北では、1滴も買わないというわけにも
いかないと思うので、今日は敢えて、電気と灯油、どちらが
お得?ということには目を瞑ろう。
アラジンのストーブには幾つか種類があるのだが、やはり
有名なのはブルーフレームだろう。
円筒型のデザインに、青い炎。
マイナーチェンジは続いたが、とても歴史あるストーブ。
日本では、昭和32年に、ベンツなどの高級車を輸入販売する
ヤナセが輸入を始め、いわゆる(当時外国産車を買えるような)
お金持ち家庭で愛用され始めるようになったとか。 そして、
暮らしの手帖社が、当時 販売されていた全部の石油ストーブの
商品テストを行なったところ第一位の評価を受けたことで
脚光を浴びるように。
私の父は若いとき東京に住んでいたため、流行りモノについての
情報にも、良いモノについての情報にも当時から詳しかったらしい。
欧州車関係の仕事をしていたりすることもあって、アラジンの
ストーブの良さにふれるのも早くて、私が幼いころには既に
モスグリーンの色のブルーフレームがあった。
それだけではなく、もう今では輸入されていない反射式といわれる
タイプのアラジンのストーブ(ネットオークションではプレミア付で
高価)も最近まで現役だった。
多感な時期、アラジンのストーブを愛用し続ける両親のことが
私は理解できなかった。
皆の家のような、ファンヒーターやらオイルヒーターのような、
‘新しい’物だけを使ってほしい、と思っていた。
電気ストーブはあったけれど、我が家のメインはアラジンのストーブ。
古い物を使い続けるより、次々に新しい物に買い換えて、古い物を
使い捨てるほうが かっこいいと、思っていた私には不満だった。
でも、今なら理解できる。
きちんと作られた“良いモノ”を、丁寧に大切に使っていくほうが、
ずっとずっとかっこいい。
だから、私は今、クリーム色のアラジンのストーブを使っている。
ファンヒーターのようにボタンひとつで点火できるわけではないし
タイマーをセットして、希望時刻に自動点火するような機能もない。
シーズンオフの片付けも、ちょっと手間がかかる。
相当な、アナログのストーブ。
でも、ハイテクじゃない分、芯を取り替えれば長く長く使い続けられる
ということを、日本に持ち込まれた昭和32年からの歴史が物語っている。
空気も汚さないし、ニオイも気にならない。
上にヤカンを乗せればお湯も沸くし、加湿器代わりにもなる。
地震などの際は自動消火装置が働くから安心。
ただ、ちょっとだけ値段が高い。
ファンヒーターは1万円もあれば買えるけれど、ブルーフレームは、
3万円をゆうに越える。
でも、これから活躍する長い年月を思えば、気にならないかな。
昨冬、初めて見たアラジンのストーブを‘だるまストーブ’と呼んで
あまり良い見方をしていなかった恋人も、想像以上に部屋を暖める
機能性に驚いていた。 そして、シーズンが終わる頃には、率先して
火をつけていた。 ちょうど良く青い炎をつけるコツを身につけるまで
ちょっと時間がかかったけれど、火をつけるという作業を楽しむかのように
ストーブに向かう彼の背中は、それだけで暖かそうだった。
もし、ストーブの購入を考えている人がいたら、ぜひ、候補のリストに
加えることをお薦めしたい。
SELVAでは販売していないと思うのだけれど・・・
Milk Tea HouseかTIME&TIDEあたりで販売しないかしら。
もし、もう一部屋ある住居に引っ越すとしたら、きっと買うと断言
できるくらいの、逸品だから。 (引越の予定は未定だけれど)
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芯の部分をきちんとお手入れすれば、青い炎が出るのですが
私のお手入れ不足と、写真を撮るために急いで移動してみたら
自動消火装置が働いてしまい、画像の炎は青より黄色が目立って
います。
2006年12月02日:“食”のこと
【 ひとり餃子鍋 】

めざましテレビだっただろうか、以前、「ひとりで鍋・ひとりで焼き肉、
どちらが寂しい?」というようなテーマを取り上げていた。
どちらが“寂しい”のか、結果は、出勤時刻の関係で観られなかった
けれど、寂しかろうと何だろうと、ひとり暮らしの場合、どちらもあり得る
シチュエーション。
2人以上で囲むテーブルが楽しいのは、鍋や焼き肉に限ったことでは
ないが、ひとりだからといって殊更 寂しさを感じないのは、もう“ひとり暮らし”
に慣れているからかもしれない。
私の料理本からヒントを得て恋人が発案した餃子鍋は、中華だしのスープに、
ニラ・キャベツ・もやしを入れて煮て、水餃子を入れ、餃子に火が通ったら食べる
というもの。これがとても美味しい。 野菜がたくさん摂れるし、身体もあたたまる。
今日は、私ひとりということと、大根を買ったら長い葉がついていたので、ありあわせの
餃子鍋。 大根の葉とキャベツともやしと、普通の餃子の鍋は、しゃきしゃきとした
野菜の歯ごたえと餃子の薄い皮からあふれる肉汁が美味しい。
恋人と一緒の食卓はとても楽しいけれど、ひとりでつつく鍋も、そんなに悪いものでは
ないように思う。 「ひとり」イコール「寂しい・惨め」という発想は、それ自体が貧弱で、
惨めなものだと思う。
ひとりを楽しめるということは、“みんな”を楽しめるということだと思うから。
今日はひとりだから卓上コンロは使わずに、無印の鍋敷きの上に土鍋を置いた。
シリコン製の鍋敷きは、開きにくい瓶の蓋を開けるときにも使えるらしいけれど、残念ながら
まだ そんなふうに使ったことは ない。 開かないものは、開けない主義だから。(?)
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《 無印良品》 4階

▲シリコーン 鍋敷き 549円
*土鍋は ’04にORANGE HOUSEで購入したもの。
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